2019年7月24日 (水)

「やる気なんて存在しない」に納得

 脳科学的に、やる気なんてものは存在しないそうです(ソースこちらも)。「今日はやるぞ!」と思いながらも結局マンガ読んだりゲームやネットしたりして一日無駄にして「何やってんだ、俺は…」と自己嫌悪に陥るなんて経験は誰にでもあると思います(私なんてしょっちゅうです)。全く勉強しないような子供でも、「成績を上げたい」「もっと頭が良くなりたい」という願望自体は持っていると思います(「勉強ができる」=「頭がいい」わけでは決してありませんよ)。願望はあるけど実行できないのは、全て環境のせいです。勉強意欲を阻害する物(ゲームやスマホ)が身の回りに合ったり、全く勉強しない人たちとつるんでいたり、勉強のレベルがその子供に合っていなかったり。そういうものを変えることでしか、勉強するようにはなりません。気持ちの問題じゃない。親にできることは、子供の環境を整えてあげることです。子供がゲーム・ネット中毒状態であれば子供のいない間にゲーム機やネット通信機器を処分する。子供が鬱状態であれば発破かけるのではなくとにかく運動させる。子供にダイエットさせたいのであれば、ジャンクフードを家に置かない。とにかく黙々と、行動あるのみ。説教とか説得とか脅しは逆効果なのでしてはいけません(説教はするけど行動しないのは下の下)。「やる気を出せ!」なんて言っても、そもそもやる気なんて存在しないのですから、出しようがありませんよね。人間は若いときほどいろいろな欲が強いのですから、そっちに流れるのは必然。親はその流れを正しい方向に戻してあげることです。

2019年7月21日 (日)

基本を徹底しましょう

 進学校でカリキュラムについていけない子供たち。勉強がキツいと感じている子供たち。そういう子供たちに対しては、まずは応用はすべて捨てさせて、とにかくド基本ばかりを徹底させています。基本が固まると、応用を解くのが楽しくなってきます。応用は基本が固まってからでいい。学校の偏差値が高くなればなるほど宿題や試験問題のレベルも高くなります。それに合わせて子供達もそのレベルに合わせて高いレベルをこなそうとします。ここで失敗するたいていの子供に共通しているのは、基本と応用の分量を同レベルでしてしまっているところです。私立の中高一貫校の生徒であれば中学受験時代を、公立高校の生徒であれば中学時代を思い出していただきたい。塾や学校からひたすらド基本ばかり大量の宿題が出されていたことを。あれがいいんです。あれが大事なんです。初期の『ドラゴンボール』で悟空とクリリンが亀の甲羅を背負ってひたすら体力トレーニングばかりしていたのを覚えている方も多いはず。基本を徹底するというのは、あれに近い。勉強がきついと感じるのは、基本がしっかりしていないから。基本さえしっかりしていれば、勉強が楽しくなってきます。なお、学校の偏差値が高くなると、基本だけやっていてもテストで点数はとれません。ただ、そういうのは後回しでいい。とにかく気持ちが続くように、まずは基本から、それが固まってから応用を。順番を間違えないようにすることが大事です。

2019年7月18日 (木)

補習はあまり効果がない

 ある程度以上の偏差値の高い学校であれば、成績の悪い生徒たちはたいてい、夏休みに補習を受けさせられることになります。私も高校時代に受けさせられました。自分自身の経験も踏まえて言えば、補習はあまり効果はありません。そもそもなぜ成績が悪いのか、それはそれまでの授業が理解できていなかったからではなく、家で全く勉強していなかったからです。学校からの宿題は一通りはしていたけれど復習を全くしていなかった(主に女子)、あるいはそもそも宿題すらしていなかった(主に男子)。元々は地頭のいい生徒たちばかり、大半は授業内容自体は理解できているんです。ただ、家で勉強(宿題)をしていないだけ。スポーツに例えるなら、練習のやり方自体は理解しているけど練習量が少なすぎる、あるいは練習を全くしていないという状態なんです。なので、補習をしてやり方だけを再び教えてもあまり効果はありません。学校がすべきことは、成績の悪い生徒達を教室内に閉じ込めて課題をさせることです。生徒が練習をサボるのであれば、見張って無理やり練習をさせるしかありません。どうしても授業型式じゃないと駄目だというのであれば、授業時間内で演習を多めにして無理やり練習させるしかありません。教師からの一方通行の授業では、ほとんど効果はないでしょう。

2019年7月 8日 (月)

立って勉強するの、かなりお勧め

 メンタリストのDaiGoさんがご自身の動画チャンネルでよく「立つ」ことを勧められていたので(ずっと座っていることは弊害が大きいので、立ったまま作業するのが良いそう)、私も家では立ったまま(正確に言えば足ふみしながら)自分自身の勉強をしているのですが、これ、本当にお勧めです。まず、集中力が途切れません。また、無駄に物を食べなくなります。集中力のない生徒はたいてい、メチャメチャ姿勢が悪いです。そういう子供には、「シャキッとしなさいよ!」と口で叱るのではなく、とにかく「立つ」ようにさせれば良いでしょう。学生の頃、授業に集中していなかったり教師の質問に答えられなかったりすると罰として立たされていましたが、今にして思えば、あれ、ものすごく合理的だったんですね。授業に集中できない子供は「先生、集中切れて来たんで、立って授業受けてもいいですか?」と言って自分から積極的に立つようにすれば良いでしょう。

2019年6月30日 (日)

ド底辺校、要りません

 かなり昔のことですが、公立中学で学力は学年最下層、家では全く勉強せずにゲーム・ネット三昧(←親がこれを許容している時点ですでに終わっています)という男子生徒を短期間指導したことがありました。学校の宿題を全くしてこなかったからしてくるように注意したら答えを丸写ししてきて、答えを丸写しできないように答えを預かっていたらその生徒は何と!わざわざ友達の家にまで行って友達の答えを借りて丸写ししてきたのです。「意地でも勉強したくねえ!」という凄まじい執念。それ程勉強したくないにもかかわらず、その生徒曰く「●●(公立ド底辺校)に行きたいです!」とのこと。わけがわからなかった。高校に行けば勉強のレベルが更に難しくなるし宿題の量も増えるのに。要は「中卒は嫌です(恥ずかしい)」という見栄のみで高校に進学したかったらしいのです。ド底辺高校(参考まとめ)に行ってやりたくもない勉強を3年間も続けるくらいなら、さっさと社会に出て生きていくためのスキルを身に付けたり自分のやりたいことを見つけたりする方がよっぽど有意義だと思うのですが。おまけにド底辺高校でやることは中学校、下手すりゃ小学校の復習なんだそう。それもう、高校じゃないじゃない。もう一度、小学校や中学校に通い直した方が早いじゃない。税金の無駄です。以前、橋下徹さんが市長時代に「義務教育での留年制度」を提言して猛バッシングを浴びておられましたが(ちゃんと「飛び級」の話も同時にしていたのに、「留年」だけやたらクローズアップされて気の毒でした)、これには大賛成。私の経験上、私立の中高一貫校の下位層の高校生を指導する場合は中学校の復習からすることになりますし、公立中学校の下位層を指導する場合は小学校の復習からすることもあります。そこから始めないと話にならないのです。

 同様に、私立の中高一貫校の最下層の学力の子供も、家では全く勉強せずにゲーム・ネット三昧。そのくせ「「●●(ド底辺大学)に行きたいです!」と言います。勉強したくないのに大学に行くのは「高卒は嫌です(恥ずかしい)」という見栄のみ。ド底辺大学に行ってやりたくもない勉強を4年間も続けるくらいなら、さっさと社会に出て生きていくためのスキルを身に付けたり自分のやりたいことを見つけたりする方がよっぽど有意義だと思うのですが。参考までに、カリスマホストのROLAND様は子供のころからプロのサッカー選手になりたくてサッカー漬けの毎日を送り、高校では名門帝京高校のサッカー部に進学するも挫折し、惰性で大学に入ったそうですが、大学の入学式で「人生の先が見えた」ことに恐怖を覚え、その日のうちに大学を自主退学してホストの世界の飛び込んだそう。

 「教育無償化」が叫ばれて久しいですが、やる気がない子供達にまで無償にする必要はありません。だいたい今の日本、そんな経済的余裕なんてないでしょ。やる気のある子供にだけ無償化にすれば宜しい。ド底辺高校・大学は全て廃校にして、余った金で上位の私立中学・高校の授業料(可能であれば上位の大学の授業料も)を完全に無償化すれば宜しい。高い学力も勉強意欲もあるけど経済的な事情で私立中学・高校(や大学)に通えないという子供がいなくなります。そしてそういう子供が将来たくさん稼いでたくさん納税してくれたり凄い発明をしてくれれば、社会はもっとよくなります。何事も、投資先は選ばなければなりません。回収の見込みのないところに投資するぐらいなら、有望なところに一点集中、これ基本。かつて名門校と呼ばれた私立の中高一貫校が低迷していますが、それは学校のせいというよりも、少子化やら経済格差が広がったやら荒れた公立中学校が激減したやらで、やる気がないお金持ちの子供が簡単に入学できるようになったからにすぎません(学校側も「やる気ない奴お断り」って明言しておいた方がいいと思いますが)。経済力の多寡にかかわらず、純粋に学力に応じて子供を学校に配分できるようになれば、それぞれがwin-winの関係を築けるでしょう。

2019年6月23日 (日)

「言うことをきかない」なんて当たり前

 3年ほど前に名古屋市内において、中学受験勉強をめぐり、言うことをきかない息子を父親が包丁で刺し殺したとされる事件が起き、現在公判中です(詳しくはこちらに)。被告人である父親は息子を有名私立に進学させたくて、受験勉強で息子に言うことをきかせるために包丁で脅していたそう。それがエスカレートして今回の殺人に至ってしまったのだとか。父親である被告人自身も有名中高一貫校の出身で、高校卒業後は大学に進まずトラック運転手として働いていたそう。被告人がなぜ大学に進まなかったのか、理由はよく分かりませんが(入学後、カリキュラムに全くついていけなくなったのか?それとも経済的な事情で断念せざるを得なかったのか?)、被告人が凄まじい学歴コンプレックスを抱えていたのは間違いなさそうですね。私は結婚もしていなければ子供もおりませんが、自分の学歴コンプレックスを自分の子供に晴らしてもらおうという考え自体、全く理解できないですね(子供ができたらそうなってしまうのでしょうか?)。そんなにコンプレックスを感じているのであれば、今からでも自分で勉強し直して自分で大学に入ればいいと思うのですが。うちの大学にも少数ですが、40代~60代くらいの方が通学されていました。退職された方、子育てがひと段落ついた主婦の方、そういう方々です。現在はもっと割合が増えているかもしれませんね。大学に通学する時間も経済的余裕もないのであれば、独学で英検なり数検なり取得すればいいのではないでしょうか。「高卒だけど英検1級です」みたいな人、逆に凄いと思いますけど。いずれにせよ、コンプレックスは自分で解消するしかありません。そして、親のそういう(勉強する)姿を子供が見ていれば、子供も「オヤジ(オフクロ)すげえ!カッコいい!よーし、俺も頑張ろう!」と思って勉強するようになるかもしれません。要は子供に勉強させたいなら、親は言葉じゃなく姿勢で示せ、ってことです。

 「子供が言うことをきかない」そんなの当たり前。他人に言うことをきかせられる人なんて、ヨハン・リーベルトくらいです。子供がその人のことをめっちゃ尊敬しているとか、その人のことを異性としてめっちゃ好きとか、そういう関係が築けているのであれば、もしかしたら言うことをきかせられるかもしれませんが、そうでない限りは無理。他人の心はままならないものです。できるのは、子供を上手く誘導することだけです。

2019年6月17日 (月)

死ぬまで現役

 先日話題になった、金融庁の「老後は2000万円必要」という報告書。なんでも平均の年金受給額が毎月20万円で、生活費に毎月25万円かかるので、差額分の5万円を毎月貯金から切り崩していくと、予想平均寿命までに合計で2000万円になるとか。率直に「老人世帯で月25万も必要か?」と思ったのですが、金融庁の判断ではそれぐらい必要なんだそう。一般的な老人の生活というものがどういうものなのか全く想像できないのですが、食費を抑えるためになるべく自炊して、健康のためになるべく運動して、交通費を抑えるためになるべく歩くか公共交通機関を利用して、頭がボケないように図書館で本借りて読むか中学や高校の教科書や問題集を買い直して勉強して、趣味で音楽なり絵画なり将棋なり書道なりやっていれば、大してお金はかからずとも充実した老後を送れると思うのですが。老人になると勉強するのも運動するのも嫌になってしまうもんなのでしょうか(頭も体も使わないとどんどん衰えていくのに)?老人じゃないからわからない。なんにせよ、金が減り続ける心配をするだけで、且つ若者から「社会のお荷物」扱いされながら生きていくというのは精神衛生上宜しくないので、無理のない範囲で、死ぬまで働き続けた方が充実した老後になる気がします。昔、黒夢の清春さんがなんかの雑誌のインタビューで「老後はどんな生活を送りたいですか?」と質問されて「俺には老後なんてない!」と答えておられましたが、確かに「老後」という枠組み自体、もはや不要なのかもしれません。『蒼天航路』の曹操みたいに、死ぬまで自分のやりたいことをやり続けながらぽっくり逝くのが理想的ですね。

2019年6月 3日 (月)

クソイベント、要りません

 以前から廃止すべきか議論になっている組体操の人間ピラミッド。昔から組体操、特に人間ピラミッドでは事故が絶えないにもかかわらず、意地でも人間ピラミッドを続けようとしている教職員がいることが驚きです。なぜそこまで組体操を続けたいのか?関西体育授業研究会のホームページによると、組体操を通して子供達に「一生懸命に取り組むこと」「仲間を信頼すること」「苦しさ辛さを乗り越えること」を学ばせたいからだそうですが、これって「別にサッカーでもよくね?」と思うのは私だけではないはず。わざわざ死亡事故を起こすリスクを冒してまでやらせる価値があるのでしょうか?私達も組体操やらされましたか、少なくとも私は、組体操をして学んだことは何もありませんし、組体操の経験は今の人生において何の役にも立っていません。組体操が私の人生におけるクソイベントの一つであるのは間違いありません。「組体操、マジ最高だったな!」って言う人、一人も知りません。組体操、ひいては人間ピラミッドを意地でも続けたい教職員は、教職員だけでやればいいのではないでしょうか?当然ながら、人間ピラミッドの一番上は校長先生で。「仲間を信頼すること」の大切さを身をもって証明してもらいましょう。

 組体操に限らず、私の小学校ではクソイベントが目白押しでした。まずは毎週開かれる朝礼と校長のつまらない話。そして運動会。毎年、運動会の1か月前くらいから毎日2時間、ひたすら軍人みたいに行進の練習「だけ」させられました。運動会、運動神経のいい子供だけがスポットライトを浴びる会、それに比べたら音楽会の方がよほど良かった。次に卒業式。これも5年と6年のとき、卒業式の1か月前から、整列だの校歌斉唱だの、どうでもいいことを散々練習させられました。そもそも小学校や中学校の卒業なんて、誰にでもできることです。めでたくもなんともない。卒業式、要りません。卒業証書も要りません。私、大学の分まで含めて、卒業証書は貰っても秒速で破り捨てました。置いていても邪魔になるだけ。もしこういうクソイベント目白押しの小学校が嫌なご家庭は、クソイベント期間中は(なんならイベント期間外でも)仮病使って学校を休ませ、放課後は野球なりサッカーなりクラブチームで練習させて、夜は中学受験塾で勉強させて、午前中と午後は塾の宿題をさせれば、充実した小学生時代を過ごせると思います。なお中学校では小学校とは違い、勉強でも部活動でも競争が始まるので、小学校ほどは退屈はしないと思います。

2019年5月30日 (木)

共感性のなさこそが問題

 先日起きた川崎殺傷事件。ヤバいですね。犯人が、ではなく、犯人に対するネットの反応が。決して犯人を擁護するわけではありませんが、こちらの記事にある通り、「死にたいなら一人で死ね!」という言説、「自分だけは殺傷事件なんて起こすはずがない」とでも思っているのでしょうか。中村カズノリさんが「通り魔してやろうか」と思ったときの心情を告白しておられますが、私自身も含めて、人間誰でも、同じような状況になったら同じような気持ちになる可能性はあるのではないでしょうか。特に現代のように格差が広がって将来に夢も希望も持てない人間にとっては、この犯人に共感する部分もあるのではないでしょうか。藤田さんの仰る通り、「死にたいなら一人で死ね!」なんて言ったところで「通り魔してやろう」と考えている人間の抑止につながらないどころかむしろ燃料を投下するだけなので、生産性のない発言は控えるべきでしょう。この手の事件が起きるたびにメディアは犯人の異常性を強調しますが、むしろ我々と犯人との共通性に目を向けるべきでしょう。共通性に目を向けるということは自分の心の闇を見るということなので、あまり気持ちのいいものではありませんが。「まーた異常な奴が出てきちゃったね。じゃあ警備をもっと厳重にしましょうね。」では、抜本的な解決にはなりません。

 人生辛いことが重なり過ぎて「生きるのが辛い。自殺しよう」とか、逆に「俺がこんなに苦しんでいるのにお前ら幸せそうにしやがって。全員ぶっ殺してやる!」とか考えたことがある人も、少なからずいると思います。でも実際にそれを実行する人はほとんどいないでしょう。それはおそらく、それをすると悲しむ人がいるから。そういう存在の人がいることが抑止力につながっているのです。(分かり合える)家族、友達、恋人、誰でもいい。一人いれば十分なんです。そういう人が一人もいない孤独な人が、今回のような無差別殺傷事件を起こしているのではないでしょうか。自分の子供がそうならないためには?(主に学校で)他人との関係を積極的に築いていくことです。たとえそれが子供にとってしんどいことでも。それは勉強なんかよりもよっぽど大事なことです。

2019年5月21日 (火)

ゲーム機捨てましょう、父親が

 WHO(世界保健機関)において、「ゲーム障害」が依存症に分類されることがほぼ決まりました(ソース)。これは、ゲーム中毒が「病気」だということが世界的に認められたということです。これ、結構重大なニュースだと思うのですが、日本のテレビ局は当然のごとくスルーですね。小室圭さんの卒業式のことよりもこっちの方がよほどニュースバリューがあると思うのですが。「スポンサー様であるゲーム会社に不利益な情報は流さない」というテレビ局の忖度なのでしょう。

 ゲームやネットの弊害については以前に書いた通り。ゲームを嗜むレベルを超えて中毒状態に陥ってしまった子供は病気です。子供を病気から救うのは親の務めですが、おそらく母親がゲーム機を捨てようとしても子供は暴れて抵抗するのではないでしょうか?ここはやはり、父親が体を張って捨てるべきでしょう(参考動画)。もし子供が暴れたら?ジュリーの曲の歌詞のように、聞き分けのない子供の頬を一つ二つ張り倒して背中を向けてタバコ吸っとけばいいんです。あるいはもう、子供のいないうちにゲーム機をこっそり捨ててしまっても良いと思います。ゲーム機を捨てられたことを後で知った子供が暴れたら、父親が体を張って子供を張り倒す。それが父親の役目です。親に怒りをぶつけていた子供も、時間が経てば目が覚めて親に感謝することでしょう。逆に、親がゲーム機を捨てなかった場合、未来が閉ざされた子供は親を逆恨みし続けるでしょう。

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