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2015年12月

2015年12月17日 (木)

淳心の白陵化について

 前々から「淳心が白陵化している」と言われていましたが、ここ数年でその傾向がますます強くなってきたように思います。まず、入試問題がヴェリタスとカリタスの導入以後、急に難しくなりました。過去問を解いて安心していると痛い目に合います。また、宿題の量もかなり増えました。それでいて淳心らしい自由な校風は変わっていません。基本を大事にするところも変わっていません。対して白陵(岡白)の入試問題は以前ほどは難しくなくなってきたように感じます。特に岡白は、以前はその場での発想力を問われる問題が多かったように感じましたが、ここ最近の入試問題は、受験勉強を真面目にやっていれば必ず解ける問題の割合が増えたように思います。淳心と白陵は偏差値的にも宿題量的にも大差なくなり、後は校風の好みの問題になっていくような気がします。

 淳心の宿題の量が増えたのはおそらく、生徒の自主性に任せておくと勉強しないからでしょう。昔は、淳心の進学実績の方が圧倒的でした。おそらく当時は、自分で考えて自分で勉強するという生徒が多かったからだと思います。そもそも昔は、中学受験をするという子供というのは、小学校の勉強に飽き足らず、自主的に中学の先取りをするような人達ばかりでした。しかし中学受験専門の塾が台頭し始め、子供達は塾のマニュアルに従っていれば合格できるようになりました。その結果、子供達はマニュアルを示してくれる人がいないと勉強しなくなりました(別に塾を責めているわけではありませんよ)。今の子供達も、学校から出された宿題は一通りはこなします。昔の子供はそれでも「一通りやっただけで、テストで点数が取れるか?」と考え、自主的に復習していました。しかし、今の子供達は考えないので、復習をしません。なのでテストでいい成績がとれません。そういう意味では、白陵は時代を先取りしていました。生徒の自主性に任せてもどうせしないので、同じような問題の宿題を大量に出すことで復習も強制させる、そういうカリキュラムにしました。結果的に奏功し、白陵の合格実績は淳心を追い越しました。

 勉強もスポーツと同じで、結局は練習量の多い学校ほど実績を残しています。大量の宿題は、自主的に勉強できない人には良いと思われます。ただ、大量の宿題は、自主的に勉強できる人にとっては重荷でしかないでしょう。大量の宿題は、その人個人によっては不要なものも含まれているからです。特に入試直前期になると、自分のやりたいことがあるのに宿題に縛られてできないというケースがあります。淳心が宿題の量と自主性のバランスをうまく取れれば、ものすごい合格実績を上げると思われます。

2015年12月11日 (金)

自己紹介②

 最近のことですが、保護者の方から「先生、ブログと全然イメージ違いますよね!」と言われました。当ブログでの私の印象は、言いたいことをビシバシ言いまくる厳しい教師というイメージだったそうです。実際は、保護者の方々からはよく「柔らかい感じ」と言われます。基本的には生徒は褒めて伸ばし、正すべきところだけを簡潔に伝えるようにしています。生徒を叱るのは、親に暴言を吐いたり、悪態をついたり、嘘をついたときだけです。

 昔はよく、生徒に言いたいことを言っていましたが、全く効果はありませんでした。当時の私は「伝え方」というものを全く考えていませんでした。正論述べても子供からすれば「あっそう、だから何?」という感じです。これは子供が悪いのではありません。私自身、自分の学生時代を思い出しても、教師に説教されても内心「うるせーなおっさん、はよ終われや」と思っていました。自分の悪い所は、自分で認識して自分で直そうとしないと直りません。教える側は、その方向に上手く誘導していかないといけません。答えだけ伝えても「わかっとるわ!」となってしまいます。

 一般には学力を上げるには、まず高い目標を掲げ、そこに向かってひたすら努力する、というイメージがあるようですが、私はやや異なったイメージを持っています。どちらかというと、まずは少し頑張る、すると少しだけ成績が上がる、成績が上がってうれしいし楽しい、そしてもっと頑張る、そうするともっと成績が上がるというというイメージです。最初からの高すぎる目標はむしろ有害です。私は小学校時代はいたって普通の成績でした。成績表の◎なんて数えるほどしかありませんでした。中学校に上がるとすぐにテストがあると知らされ、「じゃあちょっと勉強してみるか」と思い勉強しました。そして勉強してみると、予想外のいい成績が取れました。そして急に周りの反応が変わりました。これで波に乗れました。一度でもいい成績がとれると、それを維持したいと思いました。「~高校に行きたい」なんてことは全く考えていませんでした。この頃は勉強が苦ではありませんでしたが、それはやればやるほど結果が出るから「楽しかった」のでしょう。しかし高校に入って周りが賢い子だらけになり、少し頑張っても結果が出せない状況になりました。こうなると全く「楽しくなくなり」ました。おそらく、進学校で落ちこぼれている人たちも同じ感覚ではないでしょうか?勉強が難しいからやる気が起きないのではなく、やっても結果は大して変わらないという無力感の方が大きいと思います。

 私としては、生徒が問題を解けると褒める、褒められるとうれしいから少しやる気が出て少し頑張る、頑張ると成績が上がる、そういう流れを理想としています。なるべく満足感を得られるよう、やるべきことを絞ってささやかでも結果を出せるように誘導していきたいと思います。時間はかかるかも知れませんが、まずは楽しさや充実感を生徒が知ってもらえればと思います。

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