« 違法性と信用の話 | トップページ | 志望校選びに関して 中学受験編 »

2016年6月10日 (金)

義務教育は必要だが授業は不要

 某塾の受け売りと言うわけではないのですが、確かに「(集団)授業って必要か?」「自分でやった方が早くね?」という疑問は、ある程度以上の学力のある人であれば、少なからず思った経験があるのではないでしょうか。これは小中学校(公立)にはあまり当てはまりませんが、高校、特に偏差値の高い高校の生徒ほど、その思いは強くなるのではないでしょうか。

 私の経験で言えば、頭のいい人ほど基本をしっかりさせるべきなのですが、実際はそうはなっていません。例えば、高校生から非常によく受ける質問が「そもそもサインとかコサインって何なんですか?」「そもそもログって何なんですか?」です。私が高校生の頃、数学の授業中にクラスで一番賢い子が「そもそもサインとかコサインって、何なんですか?」と質問してみんな拍手大喝さい、実はみんなサインコサインの意味がよく分かっていなかったのです。教師は面食らった様子で、結局「角度が何ちゃら…」と意味不明な解説をしていました。基本とはこういうことです。「そもそもサインコサインって何?」「それが実生活でどう役に立つの?」そういう根本的なことをしっかり教えておかないと、生徒は具体的なイメージを全く持てません。そこをおざなりにして解法だけ教えるというのは、もはや学問ではありません。教え子の一人によると、同じような質問をすると教師から「そのへんは教科書に詳しく書いてあるから、後で読んどけ」と言われたそうですが、教科書を読んで足りるのであれば教師は必要ないですね。

 理科系(科学・物理・生物)であれば、教師が専門用語を一方的に羅列して自己満足に浸るケースが多々ありますが、専門用語を羅列するのであれば教科書を読むだけで十分です。英語であれば、長文読解ばかりを宿題に出し、授業ではひたすらその解説ばかりを行い、生徒が質問に答えられないと怒鳴ったり小馬鹿にしたりするケースが多いですが、それなら自分で答え合わせした方がはるかに効率がいいでしょう。生徒達の話を聞く限り、今も昔と変わっていない印象です。勿論、教師により教え方の上手い下手はピンキリですので一括りにはできませんが、外れに当たると悲惨です。私の経験上、「この人、分かりやすい!」と思えたのは数えるほどです。中学時代の国語の先生と、中高時代の塾の塾長と、司法試験予備校講師の柴田孝之さんぐらいです。この3人に共通しているのは、難しい内容を極力平易な言葉で説明できる能力と、笑いのセンスです。悲しいかな、そういう人はほとんどいませんでした。

 サービス業というのは普通、映画・漫画などの文化的なものであれ、医療であれ美容であれ、普通は客がサービスに対し対価を支払い、内容に満足できなければ内容を変更してもらえるか、あるいは損切りでサービスを受けるのをやめることができるのですが、学校教育というのは特殊で、こちらが金(税金)を払ってもサービスの内容(授業の質)が悪いと「馬鹿なお前が悪い!」と逆切れされます。塾や家庭教師だと契約切られて終わりなのですが、学校教育だとそのサービスを変えてもらうことはおろか、受けるのをやめることすらできません。そして内職も許されないため(内職されるような授業をする方が悪いのですが)、無駄に時間を過ごす羽目になります。これは拷問以外の何物でもありません。せめて内職を許容してくれれば、生徒達も助かるのですが。

 学校の授業が分かりにくいのであれば、自分で何とかするしかありません。具体的に言えば、内職スキルを上げるしかありません(ただしバレても責任は負えません)。別の科目の問題集を開くとすぐにバレるので、教科書を読み込むのが一番です。何周も、何周も、基本を徹底するのです。小論文のある学校を受験するのであれば、頭の中で草稿をつくれば良いでしょう。あるいはもう、授業中は完全に睡眠時間に充てるのもいいかもしれません。達人になれば、目を開けたまま寝れます。時間を無駄にしない方法はいくらでもありますので、自分なりの方法を考えましょう。何もしないよりはましです。

« 違法性と信用の話 | トップページ | 志望校選びに関して 中学受験編 »

その他」カテゴリの記事