« 人権作文について | トップページ | ゲーム・ネットの弊害について »

2016年10月25日 (火)

難易度を下げる

 先日ですが、男子生徒から「はぁ~、何のために勉強するんですかね?」と相談されました。この生徒の悩みもごもっとも、昔とは異なり、生活するのに何不自由ない環境下で、現実社会と切り離されて教育をうけている現状では、「将来のため」「金のため」「生活のため」だと言われても実感が持てないでしょう。若者が社会に出て、そこで初めて社会の厳しさを目の当たりにし、「ああ、もっと勉強しておけばよかった!」と後悔するというのはよくあるパターンですが、逆に言えば、社会に出てみないと勉強の必要性は実感できませんし、親がどれだけ「あんたの将来のためや!」と言ったところで効果はありません。ただ、「もっと勉強しとけばよかった!」と後悔してい人たちは今からでも勉強を始めればいいのですが、大多数はそうしません。やはり人間は本質的に、嫌いなことはしたくないのです。逆に、では勉強のできる人は社会の厳しさを知っているから勉強しているのかと言われれば、決してそうではありません。勉強のできる人は、単にテストでハイスコアをとれることに喜びを感じているからでしょう。勉強もスポーツやゲームと本質は同じですが、事実上学力がその人の評価に直結してしまうから、勉強だけがクローズアップされているに過ぎません。

 中学時代に天才扱いされていた子供が、高校に入って落ちぶれて全く勉強しなくなるというケースは多々ありますが、それはゲームの難易度が上がったせいで、今まで取れていたハイスコアが取れなくなり、「つまんなくなった」からです(それでも女子は最低限の宿題はしますが、男子は宿題すら全くしません)。そういう人たちはどうすればいいのか?ゲームに例えれば簡単で、行き詰まったらまずは少しレベルを落として経験値を稼げばいい、それと同じで、まずはレベルを落として、基本だけやればいいのです。結果を求めるのは先、自己満足でいいんです。なまじ成功体験があると、自分の現状をなかなか受け入れがたいでしょうが、プライドだけ高くても何の役にも立ちません。自分が少しでも楽しめるように持っていける、それもまた能力です。

« 人権作文について | トップページ | ゲーム・ネットの弊害について »

勉強法」カテゴリの記事

無料ブログはココログ