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2017年7月 3日 (月)

シンギュラリティを迎えるに当たって

 最近よく話題に上がるシンギュラリティ(人工知能が人間の能力を超えることで起こる出来事)。シンギュラリティによってそれまで人間が担っていた知的労働を人工知能(AI)が代わりに行うようになり、結果、ホワイトカラーの失業者が大量に生まれる、そういう未来予想がよくなされています。先日、NHKで『人工知能 神か悪魔か』という番組が放送されました。将棋ではAIが名人に勝利し、投資会社ではAIが株式売買を行い、韓国の政治ではAIが政策判断を行い、アメリカの司法ではAIが被告人の再犯率を予測して刑期を決定する、もうすでにAIが我々の日常に深く関わってきているのです。AIによって仕事を奪われるホワイトカラーが大量に生まれるでしょうが、それはその仕事を選んだ人の自己責任です。仕事を奪われないようにするには、創造的になるしかありません。AIができるのはあくまで事務処理だけ、何かを創造するのは人間にしかできません。既存の知的労働をAIにどんどんさせ、余った労働力を創造的なものに注げば、人類はより発展できるでしょう。

 では「創造的になるには、どうすればいいんだ?」ということになりますが、結局、勉強するしかないのではないでしょうか?「独創的」とか「個性的」と言われる人はみな、例外なく非常にたくさん勉強しています。新しい発見をした物理学者や化学者はそれまでさんざん物理や化学を勉強していますし、有名な作曲家は例外なくクラシックやらジャズやらあらゆるジャンルの音楽を勉強していますし、有名な画家は美大でたくさん絵を学んでいますし、有名な作家や作詞家はあらゆる古典に通じています。無からは何も生まれません、結局は勉強なんです。ただ、これまでのような「高学歴でさえあれば、高収入が得られる」という図式はもはや成立しません。これからは学歴なんかよりも、子供自身が自分と向き合い、「自分のしたいこと」をなるべく早く見つけて、そこに情熱を注ぎこんでいかなければなりません。

 シンギュラリティを迎えて劇的に変わると予想されるのが医療です。AIにより医療技術が飛躍的に向上し、人間の寿命が100歳を超える未来がそう遠くないそうです。そうなると、勉強に対する姿勢も変えなければなりません。現役か、浪人かなんて区別は全く無意味、何年かかろうが、ゆっくりでもいいから自分の進みたい方向へ進むべきでしょう(ただし、親に経済的に依存できるのは20歳まで)。無理して学力的に合わない学校で頑張る必要もありません。これは子どもに限った話ではなく、例えば、医師を志望していたが挫折し、不本意な道を歩いている、そういう人はまた勉強を始めればいいのです。勉強が苦にならない範囲で。それは結婚してから、あるいは子供を産んでから、あるいは定年退職してから、そこからでも遅いことはありません。なんせ人生100年ですから。

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