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2017年9月20日 (水)

目標はいらない

 私が高1の時、初めての個人面談で、担任から「お前、将来はどこの大学のどの学部に進みたい?」と尋ねられ、当時の私は大学なんて東大か京大ぐらいしか知らなかったし、将来の夢も目標も特になかったことから(とりあえず「たくさん稼げれば何でもいいや」とは思っていました)、「まあ、行けるところに行きたいです」と答えたところ、担任に「お前、それおかしいやろ!目標を定めて、そこに向かって努力していくんやろうが!」と叱られました。どうも担任には、私が本気で勉強しようとしていないと誤解されたようです。私は昔から、目標を定めて頑張るということをしていません。漠然とした目標はありますが、そこに向けてひたすら頑張るというよりも、とにかく目の前のことをやっていくという感じです。そうやってコツコツやった結果、最終的に大きな結果につながるというのが私の理想です。勉強に関しても、先のことは考えず、とりあえず学力さえ高めれば、そこにはたくさんの選択肢があるのではないでしょうか?別にこの担任のような「高い目標を掲げて、そこに向かってひたすら頑張る!」という熱い生き方を否定するつもりは毛頭ありませんが、それを押し付けられるのはまっぴら御免でした。今にして思えば、担任も生徒がある程度の方向性を示してくれないと今後についてアドバイスしにくいという部分もあったのでしょう(頼んでないけど)。ただ、家族と学校という極めて閉鎖的なコミュニティの中で育ってきた子供に対して「将来のことを決めろ!」って、子供からしたら結構ハードル高くないですか?

 私がこの仕事をするようになってよく目にするのは、高すぎる目標に苦しんでいる子供の姿です。目標が高すぎるために、結果が出せないことで自己嫌悪に陥り、次第に勉強意欲を失っていく姿です。客観的に見て良い変化が生まれていても、高すぎる目標のせいで「こんなんじゃダメだ」と否定してしまいます。また、目標が高すぎるせいで、現時点での自分のレベルに合っていないことをやろうとして、それに精神がついて来れずに自滅する子供もいます。さらに、目標が高すぎるせいで、それ以外の選択肢が価値のないものに思えてしまう危険性もあります。そうなってくると、生きづらくなってきます。これは子供に限らず、大人にも共通しているように思えます。

 高い目標に向かって実際に努力するならまだしも、経験上非常に多いのが、いわゆる意識「だけ」高い系といわれる子供達です(その99%が男子です)。「(有名)~大(中・高)に行きたいです!」と口では格好いい目標を言うのですが、家では1秒たりとも勉強しません。目標を口にするときは、本来はそこに向けて「努力します!」というコミットメントがあるはずなのですが、そういう意識「だけ」高い系の子供達にはそれが全くありません。要するに、「目標=ただの願望」になってしまっているのです。そして、そういう「ただの願望」を掲げること自体が尊いことだと勘違いしてしまっています。

 以前、NHKの『プロフェッショナル 仕事の流儀』で、歌舞伎俳優の坂東玉三郎さんが「遠くを見ない 明日だけを見つめる」と仰ってました。まさに本質を突いた言葉だと思います。まずは目の前のことをやる。できることだけを積み重ねる。そうすれば結果はおのずとついてきます。そこに目標はいりません。

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