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2018年2月11日 (日)

公民の概要

 中3の2学期以降、「公民、わけわからん…」と嘆く生徒が少なくありません。確かに公民はとっつきにくい科目です。そのとっつきにくさには原因があるのですが、それは一旦置いておいて、以下、中学の公民で学ぶ大まかな内容を簡潔に説明しております。時期的に「今さら」ですが、公民の基本からさっぱりわからないという人は、是非(以前書いた法律の記事の内容と重複しておりますので、こちらに統合しております)。

 原始時代、人々は狩りや採集をして過ごしていました。ところが人々はある時期から農耕を覚え、農作物を育てやすい川の近くに定住するようになりました。一人で作物を育てるのは効率が悪いので、人々は固まって作業を分担して、効率的に農作物を育てるようになりました。これが村の始まりです。効率的に作物がとれるようになると、村は豊かになり、人口も増えました。すると、その農作物を狙って盗みを働く者が出るようになりました。村は対抗策として、体力のある村の男たちに村の警護をさせるようになりました。これが警察の始まりです。ただ、警察官は警護をしている間は働けません。そこで警察官の収入を保障するため、村は村人みんなからお金を少しずつ集め、そのお金を警察官にあげるようにしました。これが税金の始まりです(他にも、道路や橋や学校をつくるためのなど、税金の目的はたくさんありますが、ここでは割愛)。警察の力によって盗みは減りましたが、今度は村の外から盗賊や他の村が、豊かな農作物を狙って村を襲ってくるようになりました。警察の力だけでは守り切れない村は、さらに若者の数を増やして村を守るようにしました。これが軍隊の始まりです。軍隊の力で村を守り、時には襲ってきた村に対して反撃もしました。こうして村同士が戦いを繰り返し、最終的に勝ち残った村が他の村をまとめ上げ、一つの国になりました。そして勝ち残った村の村長が国王となり、勝ち残った村の村人たちは貴族となりました。

 やっと戦が終わり、人々は幸福になるはずでした。ところが、国王や貴族はぜいたくを始めました。ぜいたくをするためにはお金が必要なので、国王は国民からたくさん税金を取るようになりました(財産権の侵害)。重い税金に対して国民が不満を述べると、国王は軍隊や警察を使ってその国民を捕らえ、刑務所に入れたり、時には処刑したりしました(表現の自由、生命・身体の自由の侵害)。そういうことが続き、ついに我慢の限界を超えた国民たちは、国王に対してクーデターを起こしました。国民たちは国王に対し、「たとえ国王といえども、ルールには従ってもらう」と要求しました。これが法律の始まりです。身の危険を感じた国王は、やむなくその要求に応じました。そしてそのルールは、国民の選挙によって選ばれた代表者たちが、話し合いで決めることになりました。これが国会の始まりです。法律によって、国民の権利は保障されるようになりました。

 ところが、ぜいたくをあきらめきれない国王と貴族たちは、今度は国会の代表者たちにたくさんのお金(わいろ)を贈り、そのお金を受け取った国会の代表者たちは、国王や貴族に都合の良いルールばかり作るようになりました。その結果、法律によって国民の権利が侵害されるようになりました。これに怒った国民たちは、たとえ法律によっても変えられないルールを作り、仮にそのルールに反する法律が作られた場合は、その法律は無効にするということにしました。このルールが憲法です。そして法律が憲法に反しているかどうかは、裁判所が判断することになりました。これが違憲審査制です。このように、国家権力を法(法律や憲法)によって制限するという考え方を「法の支配」といいます。

 「法の支配」によって、国は法(憲法や法律など)の範囲内でしか行動できなくなりました。国家権力を法によって制限することで国民の自由を保障し、国は主に国の治安維持(警察)と外敵からの国の防衛(軍隊)「だけ」を行うようになりました。こういう国家観を夜警国家といいます。法の支配によって国民の自由が保障されるようになった結果、国民は自由に発言し、自由な職業に就けるようになり、自由に経済活動を行えるようになりました。国民は自由になり、みんな幸せになるはずでした。ところが実際には、国民の貧富の差が拡大しました。頭のいい人は資本家として、頭のよくない労働者を安い賃金で長時間労働させ、その利益を独占しました。資本家も労働者も自分たちの自由な意思で契約を結んでいるので、労働者は文句を言えません。しかし労働者の不満は高まり、結局国に「なんとかしてくれ!」と泣きつく結果となりました。国は労働者たちの要望に応え、法律(労働基準法)で資本家と労働者との契約に介入するようになりました(「資本家は労働者を1日~時間以上働かせてはならない」「時給は最低~円以上にしてはならない」「資本家は、この法律に違反した場合は~円の罰金を支払う」など)。

 国が単に国民の安全と自由を守るだけではなく、国民の生活を安定させるために積極的に政策を行う、という国家観を福祉国家といいます。生活保護や国民健康保険や高齢者の医療費の自己負担額の制限など、すべて福祉に当たります。そして、国民が国に対して「なんとかしてくれ!」と要求する権利を社会権といいます。要するに、国民が国に対して「~するな!」と言えるのが自由権であり、「~してくれ!」と請求できるのが社会権です。自由権と社会権は表裏一体です。労働基準法で資本家と労働者との契約を制限するのは、労働者の社会権を保障する一方で、資本家と労働者との契約の自由を制限していることになります。生活に困っている人に生活保護を支給することは、生活に困っている人の社会権を保障している一方で、そのために必要なお金を国民から税金として集めているため、国民の財産権(経済的自由権の一つ)を制限していることになります。どこでバランスを取るべきかが、政治の命題です。

 以上が、中学の公民で学ぶ大まかな内容です。なぜ公民の教科書はとっつきにくいのか?それは、「国家権力は必ず暴走する」という歴史的事実をぼかしているためです。私は左翼では決してありませんが、「権力は常に疑うべし!」という視点は常に持っておかねばなりません(現在は権力は国家に限らず、大企業やマスコミなど、あらゆる権力を含みます)。国の本音は、政治には無関心で、ただ言われた通りに真面目に働いてたくさん税金を納めてくれる若者が欲しいのでしょう。権力は常に国民の権利を侵害する危険性をはらんでいます。国民と国家との対立構造という視点で公民を読み解いていけば、結構楽しめると思います。

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