大学受験

2017年11月17日 (金)

歴史的思考力について

 どうやら高校で、歴史用語が半減されるかもしれないとのこと。「大学入試で歴史の細かい用語が出題され、高校の授業が暗記中心になっているのは問題だ」からだそう(朝日新聞デジタル版11月16日付)。個人的にはこの改革に大賛成です。日本史も世界史も、覚えることが多すぎて、歴史の流れが分かりにくくなってしまっている。

 そもそも歴史をなぜ学ぶのか?文部科学省によると、世界史は「地理的条件や日本史との関連、歴史的思考力」で、日本史は「主題学習の充実、伝統文化、歴史的思考力を育成」とのこと(ソース)。両者に共通している「歴史的思考力」って何だよ?抽象的でよくわかりませんが、個人的に共感できるのは、「過去の失敗の事実とその原因を知り、同じ間違いを繰り返さないようにするため」という意見です。これから先、私達の社会で大きな問題が起こったとき、過去のケースをサンプルにして、解決策を見つけていくということでしょうか。そう考えると、何年に誰が何したとか、どういう名前の制度であったかなどということは、実に些末なことになります。例えば、「誰が鎌倉幕府を開いたのですか?」というのは大して重要ではなく、「なぜ源頼朝は鎌倉幕府を開いたのですか?」ということの方がよほど重要です。人によって様々な解釈がありますが、一番スタンダードなものは「朝廷から政治権力を奪うため」というもの。鎌倉幕府が成立する以前は、一部の既得権益層(皇族と貴族)だけが政治権力を行使して利益を独占していたため、その既得権益層を排除するために朝廷から政治権力を奪ったということです。この既得権益層とそれを排除しようとする構図、いつの時代のどの国にも起こっていることです。過去のケースをサンプルにして問題を解決していく力を身に付けさせようというのがおそらく、文部科学省の狙いでしょう。

 これからの大学入試、この「歴史的思考力」そのものを問う問題がますます増えることでしょう。「日本の江戸時代の鎖国政策の妥当性について論じた上で、これらかの日本のTPP交渉における方向性を示せ」とか、「過去の歴史的事象から考えて、これからの日本は中国に対してどのように対応していくべきか?」とか、単純だけど考えさせるという問題が増えていくことでしょう。この方が、教える側も学ぶ側も楽しめます。とてもいいことだと思います。

2015年10月10日 (土)

成功体験は捨てよ

 せっかく難関校に合格したものの、入学以降低空飛行を続け、そのまま卒業まで行ってしまう人がいます。このあたり、男子と女子とでは事情が異なります。女子の場合、毎日宿題はコツコツこなすのに、勉強が非効率的なため結果を出せないという人が多いです。進学校ではどこも大量の宿題が出されますが、中には必要性のないものが多々あります。しかし女子は律義にそれらを淡々とこなし、結果、復習にかける時間がなくなりテストでいい成績が取れない、というケースです。こういう女子は家庭教師としては割と成績を上げやすいです。無駄を削り必要なことだけ反復させることでたいていは成績が上がります。もっとも、「それ、しなくてもいいいよ」と言っても、「でも宿題やから」と言ってやってしまう子もよくいます。このあたりの誘導がなかなか難しいです。

 対して成績の悪い男子はみな全く勉強をしません。学校から出された宿題すら全くしません。自分の息子があまりにも勉強をしなさすぎるのに呆れているお母さま方も多いのではないでしょうか?成績の悪い男子は普段は全く勉強をせず、テスト一週間前だけ頑張るというケースがほとんどでしょう。中学時代はそれで結果を出せていたからです。しかし高校ではそうはいきません。たいていの人は「もっと勉強せなあかん」とは理解しているものの、中学時代の成功体験があるため、自分の習慣を改めることができません。自分の習慣を改めるとは、自分の自由時間を削ることに他ならないからです。そして結果が出せないことが原因でストレスがたまり、ゲームやアニメなどに逃避するようになります。また、成功体験がある子供ほど「問題集を解いたのに、テストでは解けないんですよ!」と文句を言います。中学時代の成功体験から抜け出せていない典型例です。中学時代は内容が簡単だし覚えることも少なかったから一回で覚えられたのですが、高校では覚える量も増えるし内容も難しくなるから簡単には覚えられません。自分のことを「一回で覚えられる天才」だという錯覚からまだ抜けきれていないのです。そして成功体験がある人ほど、半端なプライドが邪魔をして、親や教師が親身にアドバイスしても逆切れしたり、向き合うのが嫌で聞き流したりします。高学年になるほど人格が形成されてしまっているので、その傾向が強くなります。そういう人に必要なのは、「自分は特別ではない」と認める勇気です。

 保護者にできるのは、子供の環境を整えてあげることだけです(勉強内容に口を出すと子供は激怒するので、やめておいた方がいいです)。もし子供がゲームやスマホ、アニメや漫画などに逃避しているのであれば、それらを処分することです(隠しても子供は必ず見つけ出すので、必ず処分することです)。保護者の方々に勧めてもなかなか実行してもらえないことが多いですが、説教して子供が改心してゲームなどをやめるかと言えばそんなことはまずあり得ず、そのまま卒業を迎えて浪人する羽目になって「なんで捨ててくれんかった!」「なんで取り上げてくれんかった!」と人のせいにしてきます。自主性に任せたところで、待っているのは逆恨みだけです。ゲームなどの逃げ道がなくなることで考える時間が増え、自分と向き合う時間が増えます。最終的には親に感謝するでしょう。それでも効果がなく、何度も説教しても変わらないようなら、学校を辞めさせた方がいいです。そのまま高校生活を続けさせても何もしないのだから時間と金の無駄です。それよりはさっさと社会に出て社会性を身に付けることの方が有益です。勉強はそれからでも遅くはありません。

2015年1月 3日 (土)

センター試験廃止に思うこと

 センター試験が5年後をめどに廃止され、それ以降は「達成度テスト」が導入されることになります。文部科学省の資料内容を見ると、「基礎的・基本的な知識・技能だけではなく知識・技能の活用力、思考力等を測る問題も含める(その問題は学習の達成度を測るものとし、選抜的な性質のものとはしない)。また、複数の教科を融合した教科融合型問題を含めることも検討。」とあります。資料を見て思うことは、今後はますます国語力、特に文章力が重要になってくるであろうということです。「複数の教科を融合した教科融合型問題」という部分、以下は完全に私の推測ですが、これまでのような「徳川吉宗の行った改革は?」「享保の改革!」のような一問一答式の問題は段階的になくなり、国語力と社会の知識を融合させた「徳川吉宗の行った享保の改革の内容を200字以内で説明せよ。」というような問題、あるいは大学のように「享保の改革について概説した上で、評価せよ。」という問題が出題されるかもしれません。あるいは国語と英語の複合的な問題として、「地球温暖化についてあなたが思うことを1000語以内で英作せよ」なんて問題が出題されるかもしれません。数学の証明問題もますます増えるでしょう。いずれも、単純な知識だけでは答案が書けず、それを組み合わせた文章力が必要になってきます。そしてそれを評価する教師の裁量の幅も広がるでしょう。こういう問題は欧米の大学入試では普通で、国際的な基準に日本の教育制度も合わせるような流れになります。

 個人的にはこの改革は妥当だと思います。むしろ遅いぐらい。あくまで私個人の経験ですが、大学入学以降、知識があってもそれを表現する技術がなく、そのため公の場でうまく発言できない、あるいはうまく文章化できないといことが多々ありました。無理もありません。それまで文章力を問われる場面がほとんどなかったから、文章力を鍛える必要がなかったからです。司法試験の論文の勉強をしていくうえで初めて文章の書き方を学んでいきましたが、こういう能力はなるべく早い段階で身に着けていくべきです。そして学校側もきちんと文章の書き方を教えなければなりません。海外の人達からはよく「日本人はおとなしい」「日本人は自己主張しない」と言われますが、これは自己主張しないのではなく、自己主張できないのです。主張をしたくても、それをうまく論理だてられないので説得力がない。これまでそういう訓練をしてこなかったから。

 追記。2017年、「到達度テスト」改め「大学入学希望者学力評価テスト(仮称)」のサンプル問題が公開されました。マーク半分・記述半分という、実に日本らしい中途半端な感じになっています。全部記述式でいいのに。

2013年9月 8日 (日)

早稲田大学について

●早慶対策

 (2016年5月修正)私立文系の場合、受験科目は3科目だけなので、関関同立(関西、関学、同志社、立命館)およびMARCH(明治、青山学院、立教、中央、法政)であれば学校のカリキュラムをこなしていれば十分です(ただし、中央の法学部だけは別格です)。たとえ高3時点で成績が酷くても、3科目だけなので挽回可能です。国公立志望でも真面目に勉強していればこれらの私立対策に時間を割く必要はありません。実際、進学校の生徒の大半は滑り止めの関関同立に進学します。

 しかし、早稲田、慶応になると話は別です。3科目と少ない分、教科書や学校配布の問題集では対応できない問題が出題されます。英語だと、早稲田の入試問題はTOEFLに近いので、私はTOEFLの問題集で受験勉強していました。社会は教科書に載っていないマニアックな問題が出題されますので、教科書外の勉強が必要になってきます。また、慶応の場合、国語が小論文になります。私は小論文対策を自力でできなかったので、慶応法学部の受験を断念しましたが、小論文対策はやはり学校の現代文の先生に診てもらうのがベストでしょう。自分で論文を書いて先生のところに持っていけば、おそらく採点してくれるでしょう。受け身ではダメです。小論文を書けるようになるには、普段から考えていることを常に言語化する癖をつけることが必要です。例えば今、知事の公費でのファーストクラス使用が問題になっていますが、自分が反対の立場ならそれをどう説明するか、頭の中で骨組みを組み立て、最後に流れのある文章にする、それが必要です。

●早稲田大学について

 私の出身校である早稲田大学について書きたいと思います。早稲田は一言でいえば「自由」です。良くも悪くも自由です。授業の出欠を取るのは語学ぐらいで、授業をサボろうと思えばいくらでもサボれます…と言うのは昔の話で、教え子の情報によると、最近は厳しくなってきているようです。授業は教授が一方的に喋るというパターンが多いです。悪く言えば独りよがりな授業。私を含め、周りのみんなも「別に授業に出なくても、自分で本読んだ方が早くね?」というのが共通認識でしたので、だんだんみんな授業に出なくなります。法学部に関して言えば、医学部のカリキュラムが医師を養成するものになっているのとは異なり、法学部のカリキュラムは法曹界の人間(弁護士・検察官・裁判官)を養成するカリキュラムになっているわけではありません。なので、司法試験に合格する人の大半は、資格の専門学校に通っています。法学部で学ぶ内容は、民法でいえば不動産の登記、刑法でいえば犯罪の故意の内容など、一般人が日常で生活する上ではほとんど関わりのない内容です。将来法曹界に進むつもりのない生徒にとっては「つまんねえ」という感じです。そういう人たちはだんだん授業に出なくなり、バイトや合コンばっかしたり、雀荘に通いつめたり、中には堺さんみたいに演劇に夢中になる生徒もいます。

 自由な校風のせいか、早稲田には自主性や独立心が強く、はっきりと自己主張する人が多かったです。反面、プライドが高く、人の言うことには耳を貸さない人が多かった印象です。早稲田出身のテレビのコメンテーターなどを見ても、田原総一郎、勝谷誠彦、宮崎哲哉、辛坊治郎、大谷昭宏、あるいは橋下徹大阪市長など、良くも悪くも自己主張の強い人たちばかりです。基本的に早稲田の人は組織で働くのには向いていない気がします。

 東京は全てが最先端なので、絶えず刺激を受けます。特にファッション・芸術・文化面での刺激が大きいです。ストイックに学業にいそしむには厳しい環境かもしれません。私が早稲田を選んだ理由は、ネームバリューと、当時の早稲田は司法試験合格者数が東大に次いで2位だったからでした。早稲田は様々な施設やイベントが充実していますし、学生の中にも発想力がすごい人、行動力がすごい人、美男美女、おしゃれな人など、良い刺激をくれる人がたくさんいますので、楽しい所ではあります。早稲田はあまりに自由すぎるので、自分がどういう勉強をするか、何をしたいかを自分でデザインしなければなりません。大学を生かすも殺すも自分次第と言えます。言われたことをコツコツこなすタイプの人には早稲田は向いていないかもしれません。

●早稲田のバイト事情

 慶応のようなお金持ちの集まる大学と異なり、早稲田は庶民が多いので、たいていみんなバイトしています。そしてたいていの新入生は短時間で効率よく稼ごうと家庭教師会社に登録しますが、東京は供給過多なので、めったに依頼は回って来ません。家庭教師の依頼が回ってくるのは東大、一ツ橋か、医大生か、自分で営業できる人か、中学受験指導可能な人か、強いコネがある人だけです。私も最初は某大手(ト●イ)に登録していましたが、なぜか強制的にクレジットカード会社と契約させられたうえ、全く依頼を回してもらえませんでした。そして依頼を紹介してもらえない私のような早大生たちは、下落合にある内外学生センター(通称:学徒)というアルバイト紹介所に通い詰め、ハードな肉体労働ばかりするはめになります(特に「引っ越しのサ●イ」と「山●パン」は本当にきつかったです。)。しかし金が要るのでやむなく続ける、肉体労働なので金はいい、金が入ると遊ぶ、そうしているうちに学校にも行かずバイトばかりに精を出すようになります。私も1年生の頃は学徒でバイトばかりしていましたが、「こんな生産性のないことやってる場合じゃねえ!」と心を入れ替え、家庭教師の依頼を受けるために中学受験用の勉強を始めました。そして中学受験指導可能にすると急に依頼が増えました。また、生徒を合格させると、その兄弟の指導を依頼されたり、別のご家庭を紹介してもらえたりしました。今はネットで個人契約が可能になり、ブログ等で積極的に情報発信できるようになりました。そういう意味では現在の学生たちは恵まれていると思います。

●早稲田の就職事情

 「早稲田なら将来安心!」だったのはとうに昔の話で、私が学生の頃から就職できない生徒達が多々いました。私の頃でもそうなのですから、今はもっと厳しいでしょう。なんせ早稲田は一学年だけで1万人近くいますので、会社からすれば「また早稲田か…」という感じでしょう。将来会社に勤めるのであれば、「1万人のうちの一人」ではダメだと早期に認識し、在学中に勉学に励んだり資格を取得したりしなければなりません。

●早稲田を受験される方へ

 色々と書きましたが、これから受験される方々に申しあげておきたいのは、早稲田というネームバリューは世間一般で思われているほどの価値はないということです。昔から「就職に有利だから」という理由で、「早稲田ならどこでもいい」と色んな学部を受けられるだけ受けるという人が多々いますが、あまりお勧めできません。早稲田のネームバリューだけで就職できる時代は私の学生時代の頃から既に終わっていますし、何より興味のない学問を4年間続けるのは人生もったいないと思います。何のために大学へ行くのか、何を学びたくて大学に行くのか、それを決めたうえで勉強に励まれることをお勧めします。